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第300話:怪我して気づいたこと [本堂亜紀のマラソン紀行]


 毎月第3日曜日 

  本来なら 「本堂亜紀のゆるマラソン塾」

 しかし、現在の膝ではしっかり指導も
 できないので、今月は見送り。

 この土日は撮影のお仕事と下見、試写など
 がんばります。

 走るのは、春になる頃からになりそうですが、
 焦らず、じっくり治していきます。

 ついつい、焦ってしまうものですが、
 仕事も人生も身体造りもスポーツも
 急がなきゃいけない時もあるけれど、
 じっくり時間をかける時も必要。

 こうして、人生、、、歳を重ねながら、、、
 悪くないかもねって思えたりする。

 怪我してもポジティブな自分。。
 これってかなり成長している。

 昔は怪我した時、焦りと不安で
 たまらない時を過ごしていたなぁ。。

 人は失って気づくことがある。
 
 健康もそうだけど、人もそうだね。

 大切していますか。

 健康も人も、ただ、甘くしていればいいものではない。
 厳しく、優しく、そして向き合い、寄り添い、離れ
 くっつき、笑い、食べて、飲んで、、、

 かな。

 怪我して気づいた幸せがある。

    素敵な週末を・・・

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     ハルカス展望台より

+++++++++++++++++++++++
☆本堂亜紀のマラソン紀行が300話になりました。
 皆様、応援ありがとうございます。
 これからも、そのままの気持ちを綴っていきます。

第300話 バイバイ [本堂亜紀のマラソン紀行]

昨日、主治医の先生から
「今日から、少しだけ ゆっくり散歩していいよ」と。。。

センセー、、仕事、この一週間、してましたぁ。。。。・°°・(>_<)・°°・。笑
でも、出来るだけ、歩くの控えながらで、
お打ち合わせ先の皆様も、近くまで
来てくださったり、ほんとありがたい。

ってことで、今日からは杖とバイバイ!
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ありがとー、またねーとは言いたくないけど、
入口にそっと立て掛けた。ありがと。

でもって、お誕生日の月ってことで、
むふふ( ´∀`)
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ありがとうございます!

さて、散歩=全快!
と勘違いできる私は
カメラ片手に今日もいざ!


第299話:半月板と十字靭帯 [本堂亜紀のマラソン紀行]


 大阪ハーフマラソンを終えたその日の夜は
 痛すぎて眠れなかった。

 腕利きの先生のもとへ。
 半月板と十字靭帯損傷だった。

 久しぶりにマジックハンドを持つ先生と出逢えた。
 その先生にも師匠がいらっしゃったという。
 無給で師匠のもとで、技を継承したと
 おっしゃっていた。

 その先生は、こんな話をしてくださった。

 学校で生徒を教えていた時期もあったけれど、
 今は、学校では資格を取る為の勉強で
 本当に身体を治すという授業ではない。
 だから、僕はそこで教えることはやめました。

 僕は自ら、無給で師匠のもとへ学びに日参しました。
 今は、無給でならいきません。技の習得も要りません
 という若者が多いという。

 これは、この世界に限ったことではないと思う。

 お金を払い学び、そして一人前になってもまだ無給で
 足しげく師匠の元で学び続ける。
 そうして、その極意を継承していく。

 膝の方はというと、、
 致命傷をおった1月27日から一週間。
 なんとか、昨日のステージに間に合わせることが
 できた。しかし、悪化。当然のことだ。

 今朝、先生のもとへ。
 先生は、私の足をくくっとひっぱり、
 「軟骨がひっかかってる」と手に伝わる音や感覚で
 そのひっかりを外してくれる。

 膝が曲がる。マジックハンド。
 でも、けっしてマジックではない。

  「身体は治るということを師匠から教わったからね」

 と笑ってらっしゃった。

 ということで、しばらく走ることはできませんが、
 経過をみて、少しずつ、少しずつ、また走れるその日に
 向かいたいと思います。

 応援いただいている皆様、心配はしていただきませんように。
 仕事では、いつもの本堂亜紀です。

 でも、仕事以外では、しばらく杖のお世話になりそうです。

     

第298話:大会を振り返る [本堂亜紀のマラソン紀行]

 大阪ハーフマラソン2019

   今回で7回目の出場

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    何とか完走・・・。

2012年 9月から走り始め、翌年の2013年の
同大会に出場。足切り2時間という、国内でもダントツで
ハイスピードのまったくゆるくない大会。

「ゆるマラソン塾」を主宰しながらも、同大会に
こだわってきた。それは、元アスリートであり、
かなりの負荷をかけないと、ある程度のトレしかしない甘い自分だという
ことが分かっているからだ。
自分で追い込まないとやらない性格はよく理解している。

でも、正直、何故走るのか?
まだ理由は見えていない。

ゆるマラソンについての答えは明確。
一生、健康で美しく楽しい人生を!

しかし、この高速レースを目指す理由はまだ見えてない。
今回も、走り終わった後の代償は、大きかった。

しかし、走ることはまだ止めない。
膝の状態をみて、これからどうするかを決めていく。
まだ、この大会に挑戦し続けるか、他のトレの挑戦を
するか。どちらにしても身体を造ることに終わりはない。

話しはそれたが、少し今回のレースを回想してみたい。
長くなりますが、良かったらお付き合いくださると幸いです。

+++++++++++++++++++++++++++++
■今年のファッションももちろん DIADORA。
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 このウェアは 1回目の参加で着たものだ。
 理由は初心にかえるだった。
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 皆への感謝を忘れないこと。そして、美しく強くなりたいこと、
 やっぱり カッコよく生きたいこと、スーツケースを2つ持てる力を
 つけたい事などなど、、いろんな要素が詰まっている。

■1月3日からまったく走れていなかった。
 昨年末からの膝痛が悪化し、20日のゆるマラソン塾では
 軽いジョッグでも痛みがあり、この1週間は完全トレ休止。

 いろんな手を打ったが、病院に行ってもこれまで治らなかった経験から
 日にち薬と、思いつくだけの治療を自分で試みた。

 前日には歩くのは痛くないレベルにはきたが、走りと階段は
 痛みがあり、当日まで走ることを封印した。

■当日、試走。
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少しの痛みがある。
悩む。。

 出るか、出ないか どちらかしかなかった。

 出たら、途中で自ら棄権することを選ばない自分の性格は
 誰よりも知っていた。

 だから、出ると後で致命傷を追うだろうかもという怖さもあった。

 しかし、出ることは、きっともっと前から決めていたように思う。
 できるところまで走り、自らの気持ちで足を止めることなく、
 足切りになった時点で終わろうということを。

■早朝から、ゆるマラソンmemberが 新しいゴザを買って、敷いて
 待っていてくれた。 ほんと ありがとう。
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 嬉しかったのは メンバーの弟さんが毎年 同大会に参加
 してくれていることだ。1年に1度しか会わないが、
 ひまわりのように明るい彼の存在は、レース前の私たちに
 笑顔をもたらした。 ありがとう。

■カップラーメンにシュークリームなどなど、、、とにかく食べる
 2時間半前。
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 応援のみんなが 心配して 足の調子を聞いてくれる。
 「スタートにはつくよ!」 と 答えた。

 そう、それは 私にとって

   スタートにつく = 最後を目指す

   そうい意味だった。

   走り出したら、けっして自分の意志でやめない。
   それはもしかしたら間違っていたのかもしれない。

    でも、、走り終えた今でも、後悔はしていない。
    治らなかった時は、きっと後悔するのかもしれない。
    しかし、それも自分に正直に生きた結果。
    大げさだけど、自分がしたいから走った。

    その時、その日を諦めたくなかった。

■今年は新しく 手塚ゆっこちゃんもエントリー
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 その他は日原くんも連続参加。
 今年は仕事の都合で3人だけだったけど、
 2人も目標のキロには辿り着いた。
 2人は来年の目標を決めていたようだ。
 参加するからこそ、次にどうするか決めることができる。

■スタートを切る前から痛みはあった。。
 スタートラインにつくまでの整列の段階で少し走るのだが、、
 その時点で やばい・・と思った。
 きっと5キロまでに 足切りに合うだろうと。

 そう思うと、いつも以上に、心が楽な感じもした。
 いつも、タイムタイムと思っての走りだったからだ。
 いつやめてもいい、、足切りになった時が終わり。

■そして、スタートの号砲。
 緊張感はほぼなく、足の痛みがどこでアウトになるのか
 を気にしながら、ゆっくり走り出す。
 
 痛み止めを飲んでいたので、少しは楽だったが、、
 余裕の表情を作ろうとしても、イマイチだった。。。
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 メンバーが あちこちでカメラを構えて 
 応援してくれている。ありがとう。

■どんどん抜かれていく。。
 しかし、自分のテーマは
 膝を少しでも長く持たせること に 絞り

  マイペースで走る!  を貫くことにした。

 いつもなら、周りと一緒に高速で走っていたが、
 膝の痛みが最小限になるペースで何とか5キロを通過。

■「まもなく3分で関門が閉まります~」の声が6キロ地点だろうか、、
 聴こえてきて、関門にかかると思ったら、、折り返しの向こうの選手に
 向かってのアナウンスで、少々 スピードをあげた自分をなだめながら
 もくもくと走った。

■第3関門でハタッと気付いた。
 昨晩、師匠の広中先生にプレゼントしてもらった時計と
 関門で見る時刻が違うことを。
 手元の時計では明らかに10分以上私は足切りのタイムより遅いのに
 関門にひっかかっていないのだ。。

 あとで分かったことだが、時計は15分ほど進んでいたのだ。
 そんなこともあり、痛いながらも少々ペースを上げながら走っていた自分がいた。
 これがあったから完走のタイムに間に合ったのだろう。。

■5キロでアウトかと思っていたが、その倍いけばすごいじゃん私
 なんて思いながら走り、、、10キロまで来たので、
 あとは、1キロずつ、関門で足切りされるまで 走ることを
 そのまま継続した。

 膝は痛みを増していた。

 レース前に飲んだ痛み止めは もう効いていなかった。

■途中、国際女子マラソンの選手とすれ違い、力をもらい、
 距離がのびるごとに いろんな沿道の応援に力をもらった。

 痛かった。。。やめることもできたし、その選択が正しかったのかもしれない。
 しかし、スタートを切ったら、関門でひっかかるまでは走り続ける。
 何キロとかは関係なく、とにかく前に進むだけ。

■周りを見てもいろんな人がいた。
 きっと もっと大変な人もいるのだろう。
 早々と 棄権を決めた勇敢な方もいただろう。
 正解がどれかは分からない。もしかしたら私は不正解なのかもしれない。

■そうこういろんな思いを抱きながら
 18キロ地点くらいの あびこ筋のあたりに来た時は、
本堂先生森ノ宮.jpg
 膝だけではなく、膝をかばったおかげで
 他の筋肉が悲鳴をあげていたので
 どこが痛いかも分からないくらいだった。

 メンバーの二人の撮影隊が待ってくれていた。

  「連絡がないからきっと本堂先生は来るだろう」

 と。。 上の写真はそのmemberが撮影してくれた。ありがとう。

 そして、ここを越えて、19キロ地点に私がさらに目指す人がいた。
 そこまでは行こうと決めていた。

■長居公園に入ったところで毎年待ってくれている
 中学時代のバレーボールのチームメイトだ。

 ひとりで 毎年 寒空の中、私を待ってくれている。

 「今年は、待たないで!」と連絡したが、待っていた。
 
 きっと待っているだろうと、分かっていた。。。

 そして、いた!
 
 彼女の元へより、ハイタッチ。手袋が落ちた。
 彼女が拾ってくれたようだった。。

 去りゆく私に 沿道の誰もが聞こえる大きな声で

  「本ちゃん、ラスト―!」

 まじ、涙でそうになったよ。

■吹奏楽部の感動の曲にも胸がつまり
 これって めっちゃ走りにくいやん。とか思った(笑)
  ありがとう。皆さん。ほんとに。

■最後2キロで歩いている人を見た。
 どっちだ?

  関門に間に合わないと分かったから 歩いているの?
  すでに完走できるタイムだからちょっとゆっくり歩いているだけ?

 毎年、この歩く人たちに惑わされるのだ。。
  (時計はしているが、ほとんど見てない本堂なので(笑)。。。)

 しかし、歩くという選択は、私にはない。

 ただ、進む。

■最後の関門を越え、長居陸上競技場へ。
 歓声が聴こえる。
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 毎年 ここでスパートをかけるが今年はさすがに
 ペースはほんの少ししかあがらず、走り方は最悪だった。

 痛すぎて身体が偏り、バランスを崩していた。

■ゴール!
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 痛すぎて、腰から砕けそうになったが、
 なんとか歩く。。
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■応援席を見ると、広中先生やみんながカメラを構えて
 こっちを向いてくれていた。 ありがとう。
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       手を振った。
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 選手の他の皆さんも、すっごく 辛そう。。でも
 なんか 達成感ある表情がにじみ出ていた。
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 私はどうだろう。。。走ったこと、諦めなかったことで 
 「感動した!」 と皆さんは言ってくれるが、

 調整できていなかった自分の甘さを 痛感していた。

 もっと早く手を打っていたら、、、
 当日までにここまで悪化していなかっただろうと。

 自分の身体との向き合い方に甘さがあったと反省がつのる。
 身体を、自分を大切にできなかった自分は成功するはずもない。
 
 自分の身体を大切に、強く、育てていかなければならない。
 そう、自分で自分を育てたい。

■我が師匠、広中先生は、ご自身の健康管理は誰よりも超人的で
 この日も終日、PRESSカメラマンとして専従されていた。
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■最後には、いつもの場所でmemberと。
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  ありがとう。

■ 7回目の記念写真
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 今回は、今までで2番目に
 印象深いレースだった。

 1番印象深いのは 初めて完走した2回目のレース。

 今大会と2回目の大会では、
 身体が悲鳴をあげていた中でのゴールだったことが
 一番大きい。

 この辺りでいいや、、、なんていう人でありたくなかった。

■最後は 乾杯!
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  さぁ、、これからのこと考えなきゃね。
  まだまだ自分と向き合い、闘いは続きます。

皆様、みんな、先生、ありがとう~~~!!!

 何故、走るのか? 明確には分かっていないけれど、、、
 やっぱり どこか人生につながるところがあって、、
 身体をかけて学んでいる気がしている。

まぁ、それで致命傷おったら もともこもないんだけどさ。
ほんと、自分の性格が嫌になるほどに、、困ったものです。
現場でないと生きれないのです。

そして、これが、本堂亜紀なのだと思います。

   改めて、、、すべての皆様に感謝して
   ありがとうございました。

+++++++++++++++++++++++++++++
☆膝の具合は、はっきり経過が分かりましたら
 また書きますね。まー、読者の皆さんは
 是非とも怪我している時は走らないで
 いただきたい。。というのが
 ゆるマラソンの主宰者としての言葉です。はい(-"-)。。
+++++++++++++++++++++++++++++


 

第297話: 大阪ハーフマラソン2019 [本堂亜紀のマラソン紀行]

   大阪ハーフマラソン2019

7回目の出場! 無事完走♬ ^ - ^
皆さま、ありがとうございました!

詳しくまた、後日アップさせて
いただきます。7回の中で2番目に
心に残る大会となりました。

まだまだ自らと向き合い闘いが続きます。

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しばらく膝の治療に専念します。

第296話:ゆるマラソン塾。あまくみてた罰。 [本堂亜紀のマラソン紀行]

本堂亜紀の ゆるマラソン塾
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もう5年ほど続いてるけど
雨でお休みしたことはない。
不思議と雨はやむ^ - ^
来週の大阪ハーフマラソンに出る
メンバーもいるので、ゆっくりじみーに
走った約8キロ。
けっこう足にこたえたみたい。。
でも休憩もね!
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途中、観光車が通ると手を振るみんな。
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これは、熊本に行ったからかなー。
熊本から人吉へ、SLでいったことがある。
車窓から景色眺めてると、農家の方、
踏切を待つ方、カヌーをしてる方、
皆さんがSLに向かって手を振ってくれたの。
嬉しかったぁ。。だから、大阪でも!
ラン後は、
ゆっくりストレッチとお風呂で癒して、
食事へ!
広中先生も合流。
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今日もいろいろ話したなぁ、、聞いたなぁ、、。言葉を交わすことで、つながりを
深めていく。。聞くだけではダメ。
自分の気持ちを伝え、そして、また
会話が進む。
黙ってるのは、拒否、または
興味がない、にしか思えない。
誤解されないためには、
もっと話さなきゃ。
話しすぎも問題だけど、、、
それは話したことでわかることがあり、
やる前から逃げてちゃ、なにも分からないままだよ。
で、私の膝痛はというと、、、
痛みはまだ続いています。 
あまくみてた。。
治りが遅い。
原因なんてすぐ分かるから、大丈夫なんて
思ってたところがあった。。

あと一週間。どーなるんだろ。
まず、痛みがなくなることを
祈り、思いつくだけの対処。

スタートに立てるか?
あまくみてた罰。

第295話:膝痛 [本堂亜紀のマラソン紀行]

 昨年末から痛み出した左の膝痛。

 元旦、1月27日の大阪ハーフまで毎日
 走ると決めていたこともあり、すぐ治るだろうと
 走り続けていたら、、、3日目でアウト。激痛に変わっていった。

 仕事も走りも痛くないフリして過ごすことで
 正常に戻そうをしたが、、、やはり走れない日々が
 この1週間続いている。

 焦っても仕方がない。

 原因は首と腰痛からだろう。
 人体の不思議と向き合いながら、
 とにかく今は走れないので、
 痛くないトレをして過ごしている。

 幸いにもスクワットに痛みをほぼ感じないので、
 毎日200回のスクワットと体幹トレ。

 走っていないので体重は減らないので、
 さぁ、ここからどうしたものか。

 焦らず、地道に、とにかく
 当日 スタートラインにつけるように
 調整したい。

 はてさて、、どうなることやら。。

 でも、分かったことがある。
 痛くても何があってもトレを止めない自分いる。

 ライフスタイルの中に運動がようやく
 染みついてきたってこと。

 大会は今年で7回目の出場で、
 走り始めて7年目を迎える。

 走るのが嫌いだった。今も好きじゃない。
 でも、走ってる。けっこう悪くないって
 身体が気づいてしまったようだ。

 好きだから走るっていう人もいるけれど、
 走ってるうちに、ま、いいんじゃない♪  もありだね。

 

第294話 いざ! [本堂亜紀のマラソン紀行]

明けましておめでとうございます!
今年初ブログは マラソン紀行 から。
というのも、昨年はほんとに
走れてない年だったので、
さすがに元旦は走っておかなきゃってね。

10キロをゆっくり。
色んなことが頭を巡り、
解決した朝。
走るって、やっぱり効果絶大だね。
身体と脳が、ほかの余計なことを
考えず、そのことだけに自分を
置けるからかな。

ラン後、御神酒をどうぞーって
通りかかった小さな小さな神社で言われ、
でも、御神酒でも無料でいただくのは
きがひける。
普段、お参りやおみくじは引かないけれど、
ここは、そんな訳にいかないので、
カランカランと参拝。
そうしたら、ちびっ子が後ろに並んでて、
じーっと私の姿見て、真似てくれた。
大人の姿って、やっぱ大事。
子供に影響を凄く与える。

それにしても、
御神酒、沢山どうぞーって、、
はははっ、、、いただきます。

そして、おみくじ。何年ぶりかなぁ。。
小吉なのに、
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だってさ。

今年も戦う年だね。
いざ、出陣!


第293話:やっぱりやる! [本堂亜紀のマラソン紀行]


出張後、帰阪してからも仕事づくしで、、言い訳してる
くらいなら走れよ~って感じですよね~。。。((+_+))。。

ま~このマラソン紀行はせきららに書くと言い続けてきたので
書きますが、書くと心配されるので、どうしようかと思う気持ちもあるわけで。。

前にも書いたかもですが、、、
右足の人差し指が痺れ出して、まさか痛風!!!って思って
1カ月半くらい前に病院に行ったの。

そうしたら、主治医はちょっと触って、

 「歩き過ぎ。前にのめり込み過ぎです」

だって。。

笑っていいものかどうなのか。。

重心が前と内側に極端にかかっていて、
指同士が喧嘩してぶつかり合って
神経を傷つけ、指に感覚がなくなったとのこと。。。

まー痛風じゃなくて良かったんだけど、、
5キロ以上走ると痺れは痛みに変わる。

でもって、足を3針縫う怪我もしちゃってね。。実は。。今だからいいますが。。

そんな感じで上海に行き、東京に行き、、ハイヒールも履き、、、
なんてことで 痺れだけは いまだ治らず。。

で、ここ最近 高熱が出て、えらいこっちゃになり、、
まー食欲はあったので、太ってもいい勢いで食べまくり
今は全快(笑)(^^♪

仕事にも穴あけず、これだけは師匠ゆずりの根性論と調整力です('◇')ゞ

ってことで、ほんと走れてない。
今までで一番走れてない。。

今日、5キロ久しぶりに走るも タイムはもう最悪。。。。
年末年始も仕事なのに、、気持ちだけが焦る。。

できることは何だ。

・こまめに隙間に走る
・減量
・走れると思い込む
・シューズを買い替える
・テーピングにたよる

とまぁ、、こんなことを考えている今日この頃です。

どうぞ、皆さん 本堂の体調のことは心配しないでくださいね。
メールも不要ですので~。
ほんとうは言いたくないのです。でも
マラソン紀行だけはせきららが原則だから、、。
それに、もうほぼ治ってますし、
ただ、風邪対策で炭水化物食べ過ぎて、太りましたがね。。

来年1月、大阪ハーフマラソン、、、完走できるのか
不安になってるのですが、、、あと1カ月、調整じゃなくて
マジトレしなきゃ、間に合わない。。。諦めないぞ。

 諦めたら、、、それまでだから。やっぱりやる。

第292話:上海で鍛えられた、、かも [本堂亜紀のマラソン紀行]

 久々の ”マラソン紀行” の投稿 ('◇')ゞ

上海や東京出張などで、走れない日が続き、、、
今日は久々にジムトレ。10日ぶりかな~。

ランニングマシンを終えたその時、初めての表示を見た。

 「素晴らしい結果です」

(笑) 機械に言われても、あんまり嬉しくないという
あまのじゃくな本堂だけど、、、それでもって
10㌔ 48分23秒だし、、、もっと速い人はいるわけで、、、

いつもはこんな表示が出たのを見たこともないし、、、
最近、走れてない私を 機械が励ましてる???

でも、ま、走ってないわりにはまずまずなタイム。

理由は、上海をひとりで歩いたことにあるかもね。
いつも過保護な私は、車やガイドさん付きでぬくぬく旅。

でも、先日は数日間ひとり。これがまー色々あったワケで(笑)
一日2万歩 歩いた日もあったの。
道に迷うことしばしば。。地下鉄の乗り換え分からないこともしばしば。。

その都度 近くの人に訪ねると、
小学生の女の子もおじさんもみんな自分のスマホで調べてくれた。

そんなわけで、上海の人たちのやさしさを受けながら、、、
いっぱい歩いた上海旅。おかげで足腰鍛えられたよ。

上海で生き抜くには、仕事力、精神力だけじゃなくって
半端ない体力がいるってことが分かった。。。

まだまだだね。。。さて、11月中旬からも上海だから、
隙間時間を捻出して、じみーに走ろ。

やらなければ、すぐに身体に出てくるから。
サボりはダメ。成長の為の休憩はOK.

皆さんはどっち?
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